大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(わ)285号 判決

上告人 被告人 曾我新助

弁護人 坂田豊喜

検察官 渡辺要関与

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

弁護人坂田豊喜の上告趣意は末尾添附の上告趣意書と題する書面記載の通りで(但し第一点以外の論旨は省略)、これに対し当裁判所は次のように判断する。

第一点仮りに本件土地が被告人の所有に属し、農家である中川三四吉がこれを耕作する権限がないのに同人がこれを耕作していたとしても同人において任意にこれを返還しないときは法律上の手続によりその返還をうけてから耕作すべきである。これは法律秩序維持のうえから当然のことである(大正九年二月二十六日大審院判決参照)。原判示によれば被告人は前示中川三四吉が耕作していた本件土地の畦畔長さ十八間位を鍬で切崩し同畦に植えてあつた豆苗約八十本を拔き捨てて毀棄し且つその場において鍬を揮つて同人を威喝し同人の田植えを不能ならしめ、その業務を妨害したのである。右行為は被告人の権利行為として許すべきでないことは敍上の説明で明白である。なお右行為は刑法第三十五条乃至第三十七条にも該当しない。従つて原判決が被告人の行為に対し判示法条を適用処断したのは正当であつて所論のような違法はない。論旨は理由がない。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意書

第一点原判決は被告人は昭和二十三年五月十八日新潟県佐渡郡眞野村大字竹田字高田百八十一番地所在田圃に於て同郡畑野村大字三宮中川三四吉が耕作した畦畔長さ十八間位を鍬で切崩し同畦に植えてあつた豆苗八十本位を拔き捨てて毀棄し且つその場に於て右鍬を以て同人を威喝して同人の田植を不能ならしめ以て威力を示して業務を妨害したものであるとの事実を認定して之に刑法第二百六十一条並同第二百三十四条を適用して有罪に処断した。然れども原判決の証拠として摘録引用したる原審公判廷に於ける被告人の供述は右判示事実を徹頭徹尾否認したるものであつて、判示事実を肯定したものではないのみならず同公判調書の記載に依れば裁判長と被告人間に次の様な問答がある。問 被告人は昭和二十三年十月二十六日相川簡易裁判所に於て毀棄並業務妨害罪により罰金千円但三年間刑の執行を猶予すると云う判決を受けてどの点が不服で控訴したのか、答本件は相手側から見れば成立するかも知れませんが私の方から言えば本件の様な事をしても処罰される訳がありませんので控訴したのであります(記録一〇五丁表)、問 被告事件を告げて事件に付き陳述することがあるか、答 私が耕作することになつた畦を切崩しましたその時畦に植えてあつた豆苗をたおしましたその崩した田は私のものであるので中川三四吉の耕作を妨害したことはありません(記録一〇五丁裏)

尚判示土地は被告人の所有地であつて従来原審証人中川サキに被告人から賃借してあつたが昭和二十三年五月十一日に新潟地方裁判所調停係に於て調停成立の結果中川サキの右賃借権は同年十二月三十一日限り消滅したものである。その間判示土地が農地委員会から買収さるる手続があつたが被告人の不同意の為め本件被告事件発生当時に於ては依然として被告人の所有名義であつたことは本件記録上明かなる事実である。以上の事実及証拠に依れば被告人の本件行為は権利行使であつて何等違法はない。原判決は却つて被告人の所有権を侵害して不法に判示土地の耕作を続けんとしたる中川三四吉の不法行為を助けて所有権者たる被告人の正当行為を処罰したものであつて刑法第三十五条乃至同第三十七条に違反したるものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例